ラメルノエリキサ考察 自己愛と母娘の関係
研究もやや一段落したので、前からやってみたかった本の感想、考察をやってみようと思います。
1回目は渡辺優さんの『ラメルノエリキサ』です。
どんな些細な不愉快ごとでも必ず「復讐」でケリをつける女子高生小峰りなが主人公のお話。
第28回小説すばる新人賞を受賞し、今年の2月に初版が発行されたフレッシュな作品です。
女子高生の目線で語られる地の文や会話がとにかく軽く、一息で読み切ることができました。
読了後の感想としては、とにかく登場人物が魅力的!の一言に尽きます。
以下自分なりの考察に入りますが、作品の内容にも触れるのでお気を付けください。
テーマ
この作品のテーマは『自己愛』なのかなと思います。
周りから与えられる愛情ではなく、自分自身へ向けられた愛情。
普通、人間は誰しも、周りからの評価や愛を拠りどころに生きようとします。
裏を返せば、愛を得ようと思うならば、自分自身も周りに愛を振りまく必要があると言えるでしょう。
しかし、主人公のりなは「愛」の真逆とも取れる「復讐」に取りつかれています。
さらにその一方で、りなの母親(ママ)は自分のピアノ教室の生徒に飼い猫の足を折られたときも、寛容な心で行いを許し、その生徒と自分の娘たちの心を案じる正義の権化です。
いかなる時も周りに愛を振りまくことのできる完璧な存在と言えるでしょう。
そんな母親とその2人の娘の関係が、とにかく魅力的でした。
姉は完璧なママと遜色ない完璧さを備えている。対して、妹は復讐の申し子。
この魅力的な2人の登場人物にスポットを当てて考察をしたいと思います。
りな
- りなの人間性と魅力
どんな些細な不愉快なことでも必ず「復讐」でケリを付ける女子高生という設定を聞いたとき、初めは繊細で口数の少ない、けれど陰湿で怒らせると怖い少女を思い浮かべました。
ポケットの中でナイフをチャキチャキさせてニヤついているようなタイプです。
しかし、りなはそのイメージと全く異なっていました。
りなは友達と無邪気にじゃれ合って遊ぶのが大好きです。
そして両親には絶対に弱みを見せたくないという思春期特有の精神性も兼ね備えています。
りなの本質は年相応の素直な無邪気さと独り立ちに憧れる心にあると思います。
そんな少女が家族(姉)や中学からの友達も認める異常性(復讐癖)を抱えている。
そのイメージとのギャップがとにかく魅力的でした。
- 復讐の申し子
そんなりながなぜ復讐に燃えるのか。
その理由は下の2文にあります。
私は自分が好きだから、大切な自分のためにいつでもすっきりしていたい。復讐とは誰かの為じゃない。大切な自分のすっきりの為のもの。
その理由は冒頭で述べた『自己愛』によるものです。
りなにとって復讐とは自分自身を愛するための手段なのです。
- ママとの関係
また、りなの母親も同様に自分を愛する手段を持っています。
それは完璧な母親であること、完璧な家族を持つことです。
その手段を満たすために、りなは幾度も傷を負います。
ママが自分に向けていたと思っていた愛は、娘という存在を無条件に愛するという理想の母親像のためだったと知ったとき。
りなはママが昔やっていたピアノを教えてほしかったのに、自分の敗れた夢を娘に課したりはしないという理解と理性のある母親であるためにピアノは教えなかったとき。
りなはママの自己愛のために自分は利用されたと考えています。
しかし、そのことに気が付いても、りなは絶望するどころか、虎視眈眈とママへの復讐も目論んでいきます。
その異常ともとれる強さ、復讐への欲求もまたりなの魅力と言えるでしょう。
また、本作の母親はりなから見て完璧で正しい存在です。
けれど、りなは母親の正しさは自分の感覚とはちょっと違うと考えています。
りなの母親を世の中のルール、世間の常識、良識、正論の体現だと捉えることもできるのではないかと僕は考えます。
容姿端麗で、弱者をいたわり、常に正論で、自分は間違いを決して犯さない。
これは昨今の世間が他人にしきりに求めているものではないでしょうか。
例えば、ネット上で議論が紛糾すると、周りや世論を味方につける=勝ちになることが多いと思います。
これはこの話で言うところの、母親に理想の娘だと思ってもらうことと同義であり、りながぶち壊したいと考えていることではないでしょうか。
また、りなの復讐方法は自分の傷を見せて同情を買うわけでも、遠くから石を投げるような真似をするわけでもありません。
いわばその真逆であり、自分が泥をかぶることも厭わない手段を取ります。
常識から照らし合わせれば、そもそも復讐することが論外であるし、やるにしてもばれないようにしろと言われる類のものです。
そのエネルギーに当てられて、本来咎められるはずのりなの行動が痛快に感じるのかなと思いました。
あと余談ですが、アナーキーとかカーマインレッドとか16歳らしからぬ言葉がぽんぽん出てくることに初めは違和感を覚えました。
これは多分、音楽が好きでなんでも聞いているからその知識によるものなんだと思います。
確かに椎名林檎さんとか好きそうですね。
お姉ちゃん
- 独自の自己愛
お姉ちゃんも終盤に明らかになりますが、母親と妹同様、自分が何よりも大切な人間です。
ですが、自己愛を満たす手段が母親とも妹とも異なっています。
強烈な母と妹に挟まれて、どちらも反面教師にしながら育ったのだろうなというのが伝わってきました。
表向きは確かに完璧な母親に遜色ない完璧さを持っています。
作中で、りなは昔は自分と価値観を共有していた姉が母親側についてしまったのだと悲しみます。
しかしお姉ちゃんは母親ともりなとも違う独自な自己愛を持って生きているのです。
具体的には、母親のモラルと妹のノンモラルのちょうど中間、どちらのいいとこ取りをしたような価値観と言っていいでしょう。
お姉ちゃんは愛する妹のためなら平気で犯罪の片棒も担ぐことのできる人間でした。
母にも妹にも傾倒せずに、自分で自分の価値観を選びとった。
これは母親にもりなにもない姉、独自の強さです。
この強さによってりなは最後救われるのです。
- 長女としての役割
まず、長男長女というものは両親の期待に応えなければならないものだと僕は思います。
そして弟妹の面倒を見て、親に余計な心配をかけさせないことも大切な役割です。
この作品のお姉ちゃんはその要求を完璧にこなしていると思います。
特に6歳のりなにハンムラビ法典の目には目をの教えを説いたのはまさにファインプレーと言えるでしょう。
これがなければ確実に家庭は崩壊していたと思われます。
なぜ当時8歳のお姉ちゃんがハンムラビ法典を知っていたのかがこの作品唯一の謎かなと思います。
(作中ではぞんざいな扱いだった父親がこっそり教えたのではないかと僕は思ってます)
多分その後の10年間もりなに目を光らせていて、危いところを幾度もストッパーになってきたと思われます。
また、その一方で母親を表向きはリスペクトしていて、母親の望み通りの娘に育っています。
長女という役割を全うできる強さもまた、このお姉ちゃんというキャラクターの魅力だと感じました。
だいぶ長々と語りましたが、とにかくこの姉妹を筆頭に、登場人物とその関係が魅力的な作品だったと思います。
りなとお姉ちゃんのたくましさ、強さに引っ張られて作品を一気に読んでしまったのだと思います。
この姉妹が今後いかに母と決着をつけるのかが非常に楽しみな終わり方も気に入っています。
またこれはという作品があれば感想と考察をやっていきたいと思います。